Angel Beats!楽しみ方のガイドライン

ただし私家版。例によって盛大にネタバレするので、未見で見る気のある人は回避推奨

Angel Beats!(以下AB)は、一部で「ストーリーや世界設定イミフ」「お涙頂戴的話は好かない」といった批判があるようだ。自分に言わせれば、それはABの楽しみ方を失敗している。世界設定はちゃんと解釈可能だし、個別のお涙頂戴話が凡庸だったとしても、一定の意図があることは推定し得る。
以下自分が考えるABの楽しみ方を羅列していくが、これが「正しい」と言い張るつもりはないことは書き留めておく。どちらかというと電波の部類だが、電波を観察することを愉しめる人は読み進めてみて欲しい。

1.天使ちゃんマジ天使派

萌え要素があればそれでいいんだよ!という流派。狭義の萌えアニメに限らず、例えばアカギの登場人物鷲巣様に萌えられれば闘牌とかどうでもいい、等の流れを汲む。作者の意図などをすっとばす異端と見せかけて、現代日本ではそれなりの多数派。別に天使ちゃんでなくて、ゆりっぺでもゆいにゃんでも日向でも音無でもいいが、ストーリーや世界設定が受け入れ不可でも作品を楽しめる汎用性の広いやり方である。ABでもこれは実行可能で、実際この派閥は結構いる模様。

2-1.MMORPGを想起する派

麻枝准がどの程度意識したのかは知らないが、ABはMMORPGプレイヤーが諸々身をつまされる演出が多い。ギルド潜入時、地下通路などマップが変わるたびに出る現在地キャプション。魂のない人間をNPCと呼ぶ。死んでも死なない(MMORPGではキャラクターが”死亡”してもデリートは普通されない。現実での死に相当するのはキャラデリである)、等々。MMORPGをそれなりにやった経験がある人ならば、同意をしてもらえる感覚だと思う。
そして、AB世界には生前に未練があった人間が来て、満足すれば消えるというルールである。これを現実/ゲーム内と解釈するところまで、溝はほとんどない。身も蓋もない言い方をすれば、MMORPGに来るのは程度の差はあれ現実不適応を起こしている人種で、そしてゲームをやり込み過ぎるとシステム的な天井を見て引退するのである。ついでに言えば、ゲーム内にいつまでもいるとNPC化する。そういえばNPC化した奴もいましたね、ABで。
ABの前半は「満足してたまるか」というモチベーションで開始し、後半は「この世界からの卒業」という流れである。現役MMORPG廃人に見せれば、魂の浄化される光で退魔されるのではなかろうか。

2-2.オタ趣味からの卒業と見せかけて愛だよ派

「卒業」の解釈は、2-1の内容を定型変換すれば機械的に導けるので略。そんなことしなくても、現役ヲタなら直観的に理解出来るだろう(賛成するかは別として)。
じゃあ旧劇エヴァ的なヲタ趣味からの卒業という有り難くないメッセージを受け取るかと思いきや、音無君は三次元もとい生前既に満たされていて、ラストは天使ちゃんとの愛が芽生えたエンドである。そして天使は消え、音無君は独り残される。このエントリを読むような人ならば勝手に自分の経験に置き換えられると思う。入れ込みすぎたキャラがいなくなった、等に。
尺の関係か、ラストは微妙に取って付けた感があるのは否めない。ただ、「ばーかばーかヲタ趣味なんて卒業しろよwww」という突き放しよりは、二次元に愛を抱いてしまう業の深さを見守るニュアンスの方を感じられはしないだろうか。

3.各個の悲劇は凡庸でいいんだよ派

ABの各キャラの生前の悲劇は、正直安い。個別のエピソードがお涙頂戴というのは、全く正しい。ただし、そのお涙はAB中一回二回だけではなく、何度も繰り返している。終盤にみんなで消える時には、「もう同じこと何度もやったからいいよね?」と言わんばかりに以下略メソッドを使っている。悲劇自体を見せたいならば、もうちょっと丁寧にやるだろう。
つまり、悲劇自体はその辺に溢れており、いかに凡庸だったとしても当事者には未練が残るほど辛い、という当たり前のことを言っているだけではないのか。この解釈を採るなら、悲劇があってもそれは死後の世界で癒され成仏出来るという、大乗仏教系ファンタジーである。あまり仏の教えに詳しいわけではないので本職がどう思うかは知らないが。

終わりに

書き終わって思ったが、「麻枝信者キメェww」と言われても仕方ないな。とは言っても、鍵ゲーは一本もやったことないのだけれど。