たまには女の子もいいよね!

このシリーズ、基本の読み方は3つあるだろう。そんなことは自明過ぎるので、みんな分かっているんだろう。そう思っていた時期がありました。

人類は衰退しました (ガガガ文庫)

人類は衰退しました (ガガガ文庫)

三行で分かる「人類は衰退しました

年頃の女の子が、文明衰退の結果中世化した世界で、文字通りの”妖精さん”とキャッキャウフフしながら、童話的アクシデントに巻き込まれたり引き起こしたりするお話。特徴的なのは、その文体。地の文は徹底的に主人公たる「私」の一人語り形式。登場人物の固有名詞が一切登場しないことも、童話風味に磨きをかけている。

固有名詞は作中にない訳ですが、カギカッコ付きで「私」と書いたりするのも味気ない。”主人公”も同上。以下適当に「お菓子ちゃん」という呼び名を使うことにする。

スイーツ少女になって夢の人類衰退ライフを

「このシリーズを読む奴は三種類いる 童話と思って読む奴 現代文明についての皮肉と取る奴 乙女化してしまう奴」
前二者は、かなりの頻度で見かける読み方。読書メーター http://book.akahoshitakuya.com/b/409451001X あたりには散々書かれているので、気になる人は読み流してみてください。
で、上記のコメント群について。乙女化したり少女化した読み方、については全然触れられていない。当たり前過ぎて書かれていないのか、本当にそういう読み方している人が少ないのか。いずれにしろ、明文化してエレクトロマグネティックウェーヴを発生させるブログが一つくらいあってもいい。というわけで、以下本題。


このシリーズで読者が乙女化するのは、作品の性質上ごく自然なことのはずである。本文は、ほぼ全てがお菓子ちゃん視点。お菓子ちゃんの趣味はお菓子作り。(笑)のつかない、本来の意味でのスイーツ少女。スイーツと言っても、お菓子ちゃんの頭の回転は早い。体より頭が早く回って結果ニートになるという、ラノベの読者層の鏡像みたいな造形をしている。そして、男性読者が苦手にしがちであろう、少女漫画的恋愛描写はなし*1。御丁寧に、「主人公」の名前もないエロゲ仕様。つまり、お菓子ちゃんは、不要な要素が綺麗さっぱり取り払われた「女の子」である。女性ではない。一人称でお話を読むため、その一点のために全てがある。「人類は衰退しました」は、そういう作品だ。
ここまで並べれば、作者の意図は明らかではないか。人類が衰退したこの世界を、メルヘン女の子になって妖精さんと戯れる生活でお楽しみください、である。


以下補論的に続ける。
娯楽作品である以上「お菓子ちゃんになりたーい」と思わせる仕掛けもしていある。上の方でつい筆が滑って「中世化した」なんて書いてしまったが、リアル中世生活と違い、あんまり肉体的にキツい思いはしない。妖精さんとの童話風味エピソードを重ねていくスタイルは、”あんなこといいな、できたらいいな”の文脈から捉え直せる。そうすれば、直球合目的な仕様だと分かるだろう。

また、このお菓子ちゃんには、ストーリー上目的が付与されていない。解決すべき問題がない。

「”彼ら”のことは”彼ら”のことなのだ。こちらでしなければならないことなど、実際はほとんどない。この部署ができた頃はまだいろいろと問題もあったらしいが、今では調停官などお飾りみたいなものだ」(第一巻 p.42)

お菓子ちゃんの就いた「(妖精と人間の)調停官」という役職。これからして開始早々に仕事なしの宣言である。いいなあ。人類の衰退も、基本的には諍いがなく平和化する過程として描かれている。全人類もお菓子ちゃんも、全ての問題は解決済みの世界。強いて言えば、作中の「妖精さん」の存在の謎解きはある。しかし、これも謎が解けたとして、作中レベルでのお菓子ちゃんには知的好奇心の満足、以上の報酬も意味もない。妖精さんの謎を解いて人類衰退を止める、とかそういうお話ではないはず。少なくとも、第五巻まででそういう傾向は見られない。
無目的な世界と主人公は、読者が乗っかるのに楽なアトラクションだ。ここで色気を出してメタに捉えると、近頃の若者のニート化云々みたいな話にはなるのだろう。や、でもラノベ読んでる間くらいは、お菓子ちゃんになって妖精さんとキャッキャウフフでいいじゃないですか。本作が現代日本への皮肉、みたいな議論は、本当は以上の話からメタったところから出るもののはず。メタ議論は、やりすぎるとエヴァで実写で旧劇で、になるから深入りしたくない、個人的には。



ともかく言いたいことは、「そんなことよりお菓子ちゃんしようぜ!」である。

*1:自分の場合、「頭がフットーしちゃうよぉ」系の少女漫画はその辺のBLより苦手である