涼宮ハルヒの消失見てきたよ

盛大にネタバレ。消失の内容で今更ネタバレとか…という気はしなくもないけれど。

どういう人向けか?

アニメ一期二期両方視聴済み、もしくは原作読了組向け。前提知識は必須の作品。加えて、楽しむためには涼宮ハルヒの憂鬱シリーズが本当に好きな人。激しい動きがある作品ではないので一見さん向けアピール要素控えめな上に、後述するように長門目線読んでなんぼなので。

音響、画面効果

先に演出面について書いてみる。
音響は基本的にゆるやかな物語のテンポを崩さない絶妙さ。安っぽい音も、安直な効果音もない劇場版にふさわしい質だった。
映像は、なるほどアニメ映画で3D入れるとこうなるのかと感心。人物が大きく映るところは基本的に手書き原画だったと思う。が、キョン長門が夜道を歩くシーンで車のライトが反射してたりしたシーンはどうやったのだろう。手書きだとしたら結構な手間なのでは…劇場版ならではか。

もろもろ

  • 冒頭のハルヒが活き過ぎていて「あれ、ハルヒってこんな可愛かったか」との印象
  • 序盤でキョンがクラスメイト女子や朝比奈鶴屋さんにキモがられるシーン、うっうわああああ。谷川先生の実体験だろうか。
  • 高台から平野を見下ろして、その向こうにまた山があるシーンが一回だけあったのはいただけない。それじゃ神戸じゃなくて京都です…
  • しかし甲南から見る神戸地区の風景夜景が多くて馴染みのある自分大歓喜。
  • そうか、パラレルワールドのコウヨウは女子高なのか…

目線

大事なことは一番最初と最後に書けと偉い人はいいました。「消失」を観るとき、観客は何を追うべきかという話。
話の筋の上では、キョンが自分の意志で平凡な日常よりSOS団を選ぶというものになる。画面・音響効果的に一番激しく盛り上げているシーンが、キョンのセルフツッコミというのがいい証左。こちらは全台詞の過半数を占めかねないキョンのモノローグが彼の心情と共に大量にあり、よほど斜めに構えて見に行かない限りは普通に受け止められる。
が、「消失」は観て泣いたという人間が大勢いる作品だ。実際今回劇場でも、終了後にその旨会話をしている人たちがいた。キョンを通して観るだけでは、”泣ける”かと言えばそうではないだろう(それだけでも十分面白くはあるだろうが)。
では消失のどこで泣かされたのかと言うと、長門の心情に想いを馳せたときに見えてくる。見えるというか、腑に落ちる。別に特段意識はしなくても、外形的に見た長門の心情はキョンのモノローグだけで十分分かる。しかし、外から見るだけでは足りないのは明らか。必要なのは、同情とか憐憫とかよりもさらに踏み込んで「長門そのものになる」ということ。よく言う相手の気持を考える、というのではなく長門の感情と完全にシンクロしてしまおうというものだ*1
散々叩かれたエンドレスエイト長門目線なのは、この意味での伏線だ。エンドレスエイトの設定をちゃんと確認すれば、長門以外はSOS団のメンツですらループするたび記憶がリセットしているので、8週間分もの記憶を持ってしまった視聴者の視点が一番近いのは間違いなく長門と分かる。いみじくもキョンが劇中で言ったように、これまでスーパー宇宙人長門さんをアンドロイドか何かのように思ってなかったかという疑問提起をしているということ。いやまあ実際宇宙製アンドロイドに違いはないんだけども。
消失は、キョンが決意を固める物語とだけ読むのでは半分しか楽しめていないと思う。長門側からも楽しんで初めて投入費用を回収出来るのではないか。繰り返しになるが動きが少ない作品な以上、こういう方面から攻めなければナイフを持って血しぶきまき散らしながら軽やかに踊る朝倉さんくらいしか見所がなくなってしまうのだ。



書いてから思ったけど、こんなこと釈迦に説法なんじゃないか。でも消失おもんないって言ってる人はこういう見方してなさそうな気がするんだよなあ。かく言う自分も初めて原作消失読んだ時はキョンの愉快な物語、という認識しかなかったんだけど。認識が改まったのはこのMADを観てからだ。
D

ちなみに

朝倉さんが刺しに来たことだけは、どう解釈したものか改めて考え込んでいる。長門の一部と解釈すると、キョンの言うように単なる異常データで流すのもどうかなあと。ヤンデレか。やはりあれはヤンデレなのか。エロゲ的学園生活フルコースのキョン殿乙であります!

追記

上映劇場ではリピーター向け特典つけているところも多い模様。万が一この記事読んでまた消失が気になったら、行ってみてはいかが。

追記2

大手ブログに絡んでPVを上げてみようキャンペーン!(これはひどい
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20100316/1268682515

  • カメラワークへの言及あり。その辺も語れる人は語ればいいと思う。自分はDVD手元にないとちょっとそういうことは出来そうにない。
  • ハルヒは「自分が体験出来なかった理想の高校生活だったんだよ!」という確認事項。ハルヒファンの共通見解だと思ったので本ブログではそういうところすっ飛ばしてます。本気でPV取りたかったらそういうことも書くべではあるんだろうなあ。
  • リアリティとはなんぞやという話は、場合によっては迫真性とか訳してみると分かりやすいよねという案がある。→id:izumino:20090504:p1 この提案はそれほど浸透していないのか。まあ、確かにリアリティって言うとBattlefield1943みたいなのを思い浮かべるのが普通かなという気はする。

このエントリよりは大分丁寧に書いているけれど、それでもハルヒファン以外には何言ってんだこいつと思われるのだろうか。「消失」自体がすごく”ファン向け”内輪作品ということだろうか。涼宮ハルヒの憂鬱シリーズは、作品の性格上(国内では)ファン数獲得の攻勢限界点が見えているので、広げるよりも深くするのは正解だとは思う。
あ、ファンって単語が鬱陶しい人は信者と置き換えて読んで頂いても結構です。揶揄のニュアンス以外は同じことなので。

*1:リアルで現実の人間相手にこれをやってしまう人種がある程度存在するのは知っているけれど、危ないからやめた方がいいのになあと思う。そもそも現実の人間は非実在青少年と違って確実に心情読むのは難しいわけで。