NANOHA the MOVIE 1st見てきたよ

劇場版なのはを見てきました。期待値を最高レベルで持っていったのに、期待通りだったので勢いでエントリを上げてみる。

TV版未見の人向けまとめ

いきなり劇場版見て大丈夫?

余裕でOKです。劇場版見る前にTV版見る”予習”も、見た後で補完する”復習”も基本的にいりません。TV版の名言・名シーンは、自分の記憶にあるものは全部劇場版にもありましたし、演出も基本的に素直な強化版です。また、ネタバレになるので詳細は後ろに回しますが、ある登場人物のストーリーラインに重要な追加があります。この一点を見ても、劇場版の方が味わい深いと言えると思います。
予習も復習もいらないと書きましたが、歴史的な事情に興味のある人はTV版を見てみると面白いかもしれません。伝統的な魔法少女モノの皮をかぶっていた「リリカルなのは」が第三話で砲撃を始め、第四話でライバルとの熱血バトルものに変わっていった過程を楽しむのも乙なものです。劇場版だと最初からアルファベット表記な上に販促画像の類が空中戦シーンなので、その手の意外性はないというか最初っから捨てているわけですが。

見所を教えろ

まっすぐ主人公なのはと悲しい宿命系娘フェイト、二人の魔法少女がバトルしながら友情を結ぶ過程。これだけのセンテンスだとバトルもの少年漫画みたいだし、実際アンサイクロペディアあたりではこういった側面を意図的に誇張して「なのはは飛翔系主人公の流儀でまず拳の代わりに砲撃で語ってその後友誼を結ぶ云々」みたいな記述があったりします。しかし本作はそういったところだけではなく、9歳の少女*1が主人公である物語にふさわしい、真っ当な意味での心象描写が優れているところが最大の見所でしょう。
構図としては「悲劇のお姫様フェイトちゃんを助ける勇者なのはさん」というベタなものではあります。2004年時点での新しさを見出すなら、主人公が少女で、それも少年化しないままお姫様を救うというあたりでしょうか。最近の作品なら咲-saki-での一部対局にその手の要素があります。

なんというか、作品の空気がキメェ

最初は「何この上滑りした展開…」と思っているのが、最後まで見ていると引き込まれているマジック。いや本当に。この辺はTV版でも同じでした。

いや、見てる人がキモいんだけど

仕様です

以下盛大にネタバレ成分を含みつつ。ネタバレしてる上に劇場版未見の人には意味不明の文章が続くので、まだの人はここで引き返し迅速に映画館に行くことを強く推奨します。

劇場版見た人向け「あるある」「ねーよww」文章

TV版と比較して

劇場版を見て、改めてTV版のプロットのよさを実感。本筋はほとんどTV版のままなのに、劇場版まで真っ当な仕上がりになるというのはすさまじい。豪快に削られた要素として、ご近所の平和を防衛的な意味での魔法少女っぽい部分がその1。ジュエルシードとの戦いはほとんどなくて、その分フェイトとの戦闘率多めになっていました。こちらはリリカルなのはという企画が当初正統派魔法少女モノの皮をかぶっていた経緯によるレガシーみたいなものなので、削られて当然でしょう。大体一匹目のジュエルシードのデザインやる気なさすぎわろたwww状態なわけで。あとは、ユーノ君フェレット状態の形状が<censored>な温泉シーンとお風呂シーンとシャワーシーンが削られたことに代表される、バトルの合間の日常風景がかなり削られたこと。こっちはあるに越したことはないけれど、130分では入れすぎるとダレるのでまあこんなもんなのかなあ、と。後半アースラに詰めていた時期に一時帰宅するところはちゃんとあったので、すごく頑張ってもう限界ぽい。リンディ提督がなのはの家族に泊り込みを説得する、円天もびっくり話術がなかったのだけは残念だけど。

名言・名シーンは全部入っていることによる抜群の安定感。「友達に、なりたいんだ」「私たちは、まだ始まってもいない」「だから、はじめるために 終わらせよう、いままでの自分を」「友達になるの、すごく簡単。なまえをよんで」「なのは…なのは、なのは!」大事なことなので三回連続で言うあたりまで全く一緒。元がキワモノ企画だったはずなのに、劇場化するにあたって修正なしのまま使える台詞回しがTV版にあったというのは奇跡ではなかろうか。それにしても、ぱっと思い出したのを並べてみると、これ全部なのフェイが相手のこと考えて言ってる台詞なのね。なのは一期がどういう性格のお話だったかよく分かる。

ストーリーライン関連妄想

ラスト付近、フェイトがなのはを助けるために立ち上がるシーン(TV版でも劇場版でも挿入歌が流れているあのシーンね)では、なのはがフェイトにずーっと語りかけてきていたことを思い起こしている。これ、もしなのは視点のADVなら結構難易度高いと思うんですよ。一回でもフェイトに手を差し出すのをためらう選択肢選ぶと、フェイトが壊れたままエンドを迎えるフラグが立つとかそんな感じ。某竜騎士07ゲー的に言えば、まさに想う心による奇跡。この手の奇跡がいかに貴重かは、ひぐらしのなく頃にで7回連続バッドエンドを迎えた後(ここまででプレイに数十時間はかかる)にようやくハッピーエンド見てみるとよく分かる。
まあ、映画やらTVアニメでパラレルワールドやるわけにはいかないけれど*2、本作の場合は劇場版で追加されたプレシアさんの要素がそれに替わるかもしれません。TV版ではさらっとしか触れられていなかった、アリシアとフェイトの齟齬からくる葛藤が、劇場版ではかなりしっかり描写されていた。これは恐らく、TV版との一番大きな違いではないかな、と。TV版ではただの気狂い科学者っぽい面が目立っていたけど、劇場版では最後にアリシアとの約束を思い出しているあたり、筋の変更が狙っているところは明らか。途中でリニスに「今ならまだ引き返せる」と説教されているわけで、プレシアさんが取り得たもっとまともな可能性はチラ見出来るはず。

主人公ふたりの性格付け

パンフレットの声優インタビュー見てなるほどな、と思ったのが「なのははいい子過ぎる」という言葉。具体的には、困ってる他人を助けに行くくせに自分が困っても友人に頼ったりしないというあたり。熱血で引き合いに出されるジャンプなんかだと、三本柱は「努力」「友情」「勝利」なわけですよ。「なのはとフェイトの友情の物語」と言ってしまうと、これだって友情入ってるじゃんと思いそうにはなる。しかし、ジャンプの場合は「友情の結果勝利する」、なのはの場合は「勝利の結果友情を獲得する」*3で明らかに因果が逆になっている。ネタとしてなのはにはジャンプ三本柱路線があると言うのはいいけれど、この二つが同じに見えるのは言葉の錯覚みたいなもので、内容はすごく別物です。嘘だと思うならP∧Q⊃RとP∧R⊃Qの論理式の違いを味わってください。
声優インタビューの内容とは直接関係ないけれど、いい子つながりで言えばなのはもフェイトもすごく優等生ですね。なのはは基本的にリンディ提督の言う事守った上で行動してます。唯一専行する場面でも、ごめんなさいと言いながら飛び出して、後にきっちり謝罪するあたり、抗命罪で銃殺されかける扶桑の痴女とは違います。でも伝統的な少年漫画なら、扶桑の痴女が取る態度の方が一般的なんですよね。組織と個人で摩擦が起きた時、「俺が正しいんだからそれを押さえつけるルールが悪い」的な。特段訓練を受けていなくても組織に従えるというのは、時代と客層によっては共感を全く得られないキャラ付けとなり得るはず。実際なのはの性格でプレシア陣営にいたら、やっぱりフェイトの仕事そのまましそうなわけですよ。そういう意味でなのはとフェイトは根っこは似ていると思うのです。そういったなのはの性格が、悪い点として特段取り上げられずにいるというのは見方によっては不思議なわけです。

ミリネタ

最近ようやく映画「フルメタル・ジャケット」を見る機会があったんですが、そこでは「銃に名前つけて話しかける奴は精神崩壊の前兆」という扱いなんですよねー。インテリデバイスとモロに会話して、フェイトに至っては大復活の一番大事な場面でほとんど返事をしないバルディッシュに話しかける図、欧米人にはどう見えるんでしょうね。まあ、FMJは陰惨なベトナム戦争を描くという話だから、ああいう流れになっただけかもしれませんが。
デバイス関連と言えば、なのはの初射撃シーンでのユーノ君の台詞がTV版での「あの子…射撃型!?」から「あの子…砲撃型!?」に変わっていたような(TV版の記憶はちょっと曖昧かも)。射撃っていうと小銃撃つイメージも含まれるけど、砲撃って言うとどう捻っても大口径砲しか浮かんできませんね!軽量化で肉弾突撃するフェイトが旧軍式ドクトリンなら、大砲重視のなのははソ連式。なのはの勝利は赤色ドクトリンの優位性を示していたんだよ!な、なんだってー!!?大砲大好きナポレオンさんはなのはさんマスコットキャラクターに今すぐ採用するb(tackmanはドナウ川の長さを歩測しています…しばらくお待ちください
そういえば、パンフレットではシリーズ登場人物が劇場版について色々言う漫画がついてたなあ。実は時空管理局のプロパガンダ映画なのだろうか。ミッドチルダでは、あなたがプロパガンダを洗脳する!*4

ネタ(misc)
  • なのはの髪はありえないだろ、物理的に考えて…髪をほどくと普通のロングくらいの長さがあるわけだけど、しばってる時にぴょこっと飛び出てる部分からは一体どこにそれだけの容量があるのかと。
  • やはりなのはさんは最初から魔王でした。後の経過を知っている人が見れば、なのはさんの初変身シーンでの光束なんかはもう「降 臨 ミ ☆」にしか見えません。
  • 奥義スターライトブレイカーは最初の最後で一発だけ。だが、その重みはTV版とは比較にならないッ!ちゃんとバトルものに必要かつ視聴者を納得させる程度の理屈付けがついたのも素晴らしい。しかしフェイトの本気射撃受けて平気なところは説明なし。やはり魔王だからか。
2000年代半ばを象徴する作品

企画レベルで見た場合、なのは一期って2004年に魔法少女モノの皮をかぶりながら、蓋を開けてみたら全然別物でした!という売り方をしてるんですよね。しかも、それでオタ社会限定とは言えスマッシュヒットになっている。こういう経緯を辿ったというあたりで、2000年代中頃を代表するアニメだなあと思います。念のため言うと、2000年代最高のアニメがなのはだという意味ではありません。ただ、世相*5をよく現しているという意味で、代表する作品の一つだと思うということです。2005±ε年というのは、萌えという言葉が一人歩きして似非メイドの姿をとり秋葉原を闊歩したり、とりあえず萌え要素入れときゃ売れるだろうと本気で言われていた時代なわけです。今でも言われてるのかな。もしそうなら、アニメバブル弾けて来てるからいい加減終わって頂きたいですが。そういう中で、いかにも萌え以外何もなさそうな顔をしながら真っ当な物語に転身したというのは、あの頃以外は考えられなかったんじゃないかなーと。

*1:念のために書いておくと、創作物的な意味での「9歳少女」なのであって、リアルの9歳とは無関係。子供の汚い社会性みたいな要素すら削られていることに注意

*2:アニメ版ひぐらしは並行世界もやったって?アーアー聞こえなーい。ひぐらしうみねこもアニメ版なんてなかった

*3:ジャンプ系の場合でもかつてのライバルが仲間になるというのはあるけれど、それはお話が一周した後の話。少なくともなのはの場合、「勝利の要因としての友情」はないに等しいという点が最大の違い。A'sでも勝因分析をすれば、ほとんどはやて一人に落ち着いてしまう

*4:ソヴィエトロシア式倒置法

*5:くどいようですが、オタ社会限定