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みんな大好き農業問題

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090827
このエントリがブクマ集めたり釣り認定されたりしているようだ。確かに内容はやや煽り気味だったりちょっとロジック飛躍しすぎじゃねっていう部分もある。しかし、批判の大半はどこかズレているか、そもそも考えていることが違いすぎているかのどちらかに見える。「農家の声」みたいなある訳のないものを除けば*1、「農家」の実態の事実認定自体にはそれほど大きな差はないようだ。農業用地の転用が儲かるか儲からないかは都市近郊と過疎地で大分違う印象を持っている人が多いようだが、


小規模農家の農業は多くの場合赤字かそれに近い状態で、政策上の優遇措置があるから「農家」を続けている


という点には同意しているように思う。
何故彼らが農業を続けるかという議論はちょっと措いて、選挙前なので各党マニフェストが掲げる農業政策(ストレートに言えば補助金政策。農家の所得保障とか、自給率アップという漠然としたことは書いてあっても、どういう農業の質的改革に持っていくかは全然書いていない)について考えてみたい。「農家」に補助金を投入しようというのは二大政党から泡沫まで全てに渡って共通で、公約読む限りあまり違いを見受けられないので、以下補助金と言えば「農家」に片っ端から何らかの優遇措置をするものとしよう。
上のエントリのコメントに「田舎の父は農業やっても全然儲からなくて、(直接的・間接的を問わず)補助金があるからなんとかトントンなんだ。その補助金を切るなんてひどすぎる」というものがあった。自分に言わせれば根本から間違っている。赤字になれば耕作放棄するか、固定資産税すら重荷なら二束三文でも売り飛ばせばいいだけの話だ。都市近郊なら転用するにしても売るにしてもそれなりの金にはなる。補助金を切っても何の問題もない。この意見がドライに過ぎると感じる人は、「土地を持ち続けること自体への規範的な価値観」に対してどの程度のコストを払う用意があるのか一度自問した方がいい。別に持ち家まで売れと言っているわけではないのだ。自分の場合一銭たりとも払いたく無いわけだが。もちろん他人の価値観に一切金を払わないということは税金を取られている以上無理な相談なことは分かっているが、それを考慮しても現在のリソースの投入量は社会で許容出来る(つまり、効率の犠牲具合)域を超えているとしか思えない。
もう一つの考え方として、小規模農家への補助金は所得の地域格差を補填する役割があるという意見もあるだろう。上のエントリでは「裕福な」農家を批判していたが、下の方に低所得者層がいることは想像出来る。が、彼らへの福祉に農業補助金という回りくどい方法を採用する必要があるだろうか?効率的な農業の邪魔をしてまでやることではないのは明らかだ*2
あとは、景観維持のための補助金という意見もあるようだが、それは控えめに言っても後付けの理由だろう。都市近郊なら何を言っているのかという話だし、観光資源ゼロの山奥なら誰が見るんだということになる。「保護すべき美しい日本の里山」が存在すること自体は否定しないが、それは現行の補助金が注ぎ込まれる対象の何百分の一かだろう。


上記のエントリについての突っ込みも一応書いておく。一票の格差が〜のくだりがあるが、有権者人口の価値について投票率まで入れるのはいくらなんでもアンフェアだろう。政治家が(都市と農村という点で)都市向けの政策を出していないから投票に行かないのだという説明はあり得るが、そもそも政治家が都市部向けの政策を打ち出さないのは都市圏の投票率が低いからだ。半分は自業自得である。党の方針があるから候補者が個別に都市部の利益を主張出来ない?そんなことはない。無駄な公共事業削減を叫ぶ一方で是非地元に新幹線をと言っても矛盾しない(例え党の上の方が新幹線を無駄と考えていたとしても)。ならば逆に農業補助金という具体的な内容があるなら「無駄な補助金を削減します」とも言えなくはないだろう。本業の人が考えればもっとうまいトリックがあるかもしれないが、とにかく絶対無理ではない。
「なぜ彼らが農業を続けているのか?」の答えが「美田を残すため」だというのは流石にいくらなんでも突飛過ぎる上に説得力がない。相続税対策だと言うが、どうせ後継が農業をしないのならさっさと土地を売り飛ばしてもよさそうなものだ。待っていても土地が値上がりする時代でもないし。
ただ、補助金込みで収支トントンでも農業を続ける人が多いのは、非金銭的な価値観を農業行為に認めている人がそれなりに多いからだろうとは言えそうだ。土地志向についてのくだりと似たようなことを書くが、彼らの好みのために我々はいくらくらいの負担をするつもりがあるのか?繰り返すが自分はゼロだ。

ズレた反論の例

http://kirik.tea-nifty.com/diary/2009/08/post-989f.html
id:Chikirinのエントリの主旨は、生産性(量の問題ではなくて、投入リソースあたりの儲けという意味で)低い農家を温存する補助金氏ねとう効率の問題と、なんちゃって農業と一票の格差で政治家と暗黙の癒着して補助金もらってる既得権者氏ねという公平性の問題のはず。
効率性の面について言えば、ちきりんが引用したデータは米作に限られているから林業他考慮してない議論は無効とも言っている。しかし、ちきりん氏の議論は(恐らく本人も無意識だろうし、明示はしていないが)米作ベースで行っている。米作ベースの話をしているから、小規模=低効率、大規模=高効率というイコールを前提に話しているのだ。それに対して、「いや小規模でも頑張ってる(頑張っているという言い方が曖昧なら、儲かっている)農家いるんですよ」という反論をしている。まるで噛み合っていない。「農業収入が主な主体の集約化は進んでいる」と微妙に誤魔化しているが、このセンテンスが真だとしてもそれを以て小規模米作はいないかの如き前提を示したことにするのは問題だ。そもそもちきりん氏の問題にしている「農家」の一部は、微妙に開発された住宅地モドキの中に何故かぽつんと残っていたりする田んぼを持つような「農家」の事なのだから。もちろん米作以外を見落とすなという意見自体には賛成だ。しかし、円高や海外の安い農産物に対抗した結果小規模化した農家に補助金がいるのかどうかについて、自明な結論はないだろう*3。効率化している途中の農家の変化を支援するという性格の補助金もあるだろうが、今回の選挙公約からはそういうニュアンスは感じられない。
公平性について、小規模農家の政治的発言力が強いからこうなるのだと認めた段落から、いきなりアメリカやカナダのような大規模化は無理だから別の道云々という方向に持っていくのはいかがなものか。いかがなものというかこれでは印象操作とか詭弁とか言われても仕方ないレベルだ。ヒマな人は詭弁のガイドラインにでも当てはめてみてください(もっとも詭弁のガイドラインはほとんどどんな文章にも当てはめることが出来るが)。農業政策が彼らの投票行動に反映されているか不明と言うが、より大事なことを正確に言えば候補者や政党が小規模農家を保護する政策を出せば彼らの票を獲得出来るという確信があることだ。そもそもここ数回の選挙では、非効率な農家には退場して頂くとか言い放った政党に覚えがない以上、その手の統計がないことを言うのはナンセンスだ。そもそも特定層がどこに投票したかの研究ってやってよかったっけ?

付記・農学部の無駄遣い

ところで世の中の大学には農学部なるところがあることをご存じだろうか。文字通り農業に関係することをする学部で、国立大学の大半に設置されている。ここを出た人間は、運が良ければ食品関係の企業などに就職したり、ごく希に官庁・地方自治体の農業関連のセクションに就く。しかし過半はSEとか文就とか、とにかく農業に微塵も関係のないところで働いているのだ。東大京大の院を出ていて、の話である。そしてここまで挙げた職の中に、農家の文字はない。
もちろん農学部と一言で言っても、バイオやってるところから農業経済やっているところまである。しかしいずれにせよ、農業から完全に離れたことをやっているわけではない*4農学部の学生は、潜在的には真の意味で「農業の担い手」なのだ。だが、現状彼らが学んだ事はほとんど活かされていない。農業での仕事がないからだ。もうちょっと正確に言えば、大学出がやるような農業の仕事がない。農業は百姓が経験則でやるもんだというのは現代化していない頃の話で、経験則を使おうが企業的農家だろうが高等教育は役に立つ。例えば化学肥料ひとつ取っても、それを使う前に副作用が予想出来るか?副作用が出た時、マニュアルにはない解決策を提案出来るか?独立した民間企業ならば、こういった事を自前で出来なければならないだろう。
彼らが有用ならば何故農家への就職口がないのか?無いわけではないにしても、なぜ少なすぎるのか?で、結局効率的でない小規模農家を保護しているからだ、というところに話は戻る。効率化しようのない田畑を世襲するしか選択肢がなければ、そこに高等教育を受けた人間が入る余地はない。農家の子供がみんな農学を学ぶことは期待出来ないし、農家に生まれなくても農業を志す人は存在しうる。そしていずれにしても、田畑あるいはその関連事業「だけ」で食っていけなければ、農学を学んだことを活かせているとは言えないだろう。日本は狭いから農業は出来ない、というような意見も目につくが、狭ければ狭いなりに高付加価値の商品を作れるだろう。そもそもド田舎に行けばそれなりの土地はある(流石に大豆やとうもろこしをアメリカみたいに作れるとは思わないが)。日本人自身もMade in Japanを食品分野でも好む傾向がある訳で、その辺も考えればアメリカと張り合うという意味での”国際競争力”は無理にしても、少なくとも現状よよりはよほどマシな状態に持っていけるはずだ。
蛇足だが、農学をやっている連中の意見の大勢は「自民党補助金政策が日本農業を駄目にした」だそうだ。自民党のと接頭辞が入っているのは大学というところの左っ気の反映ではあるが、農業自体のことを考えれば補助金政策は見直されるべきなのは確定的ではなかろうか?

*1:「美田」に釣られている人が多いし、id:Chikirinもある程度本気で言っているように見えるが、注目すべきところが違うだろう。農地をどうするかはその人の人生設計及び価値観の話で、その内生的要因をいちいち考えていたらキリもなければ政策論に関係もない。選挙を睨んで議論をするならば、農政によって農業をする/しない、土地の利用形態の変化などの数字に注目するだけで十分なはずだ。

*2:金を注ぎ込むこと自体への不公平感は別次元の問題なのでとりあえず措いておく。ベーシックインカムでも使った方がマシだとは個人的に思うが。

*3:食品価格を抑えるための補助金が絶対駄目だとは思わない。が、その場合でもなんちゃって農家まで保護してしまう仕組みはいらないはず。とりあえず食品の消費税だけでも撤廃して欲しいものだが。

*4:バイオでも農業経済でも農場実習はしっかりやっている。