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夜は短し歩けよ乙女の漫画と原作についてつらつらと

『夜は短し歩けよ乙女』の漫画がたまたま目に入ったから買ってみた。おお、何という酸っぱい青春物語だ!原作の終盤になるまでほとんどが延々酸っぱいだけのテイストとはえらい違いだ。漫画では主人公(「私」)がすごくシャイなだけのかわいい男子という描かれ方をしているではないか。だが、原作の主人公は童貞を持てあまし我独抗世間俗流者也という勘違いした選民意識を持っている高等遊民なのである。ここで言う俗とは言うまでもなく恋愛沙汰のことで、自身の恋愛偏差値が3なのを俺は恋愛が出来ないのではなく己の意志でしていないだけであると見苦しく自分自身に自己弁護しているだけのことなのだ。嘘だと思うなら原作者森見登美彦氏のデビュー作『太陽の塔』を読んでみて欲しい。太陽の塔のレビューについてはこちらに正しい理解がある。

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

概論ばかり言っても何なので多少実例を交えよう。まず漫画では開始直後のカラー見開きで主人公が「これが…コイっ!」などとこっ恥ずかしい台詞を読者に叫んでいる。一方原作での主人公はというと

どこまでも暴走する己のロマンチック・エンジンをとどめようがなく、やがて私はあまりの恥ずかしさに鼻から血を噴いた。
恥を知れ。しかるのち死ね。(p.78)

「意中の人でないとしたら」
少年は私のシャツを引っ張りながら言う。「どんな本を探しているの」
「うるさいな。超硬派なムツカシイ本だ。コドモには分からん」(p.93)

こんな具合に、己の恋心が分からないラブコメ的ヒロインなどでは断じてないのだが、それをストレートに肯定など意地でもせずに我は高尚なる思索に耽る求道の徒であるなどと言い出しかねない中二病患者なのだ。この時点でもう原作の恋愛偏差値一桁の主人公に比べて漫画の方では40くらいはある。
次は漫画第3話で、「失敗して 失恋して 不安で そんな春に―― 君に会って」などとさらっと言ってしまっている。「失恋などしない奴はリア充だ。失恋してすぐ次の恋に出会う奴はモテないリア充だ。本当に人生は地獄だぜぇ!」という格言を皆さんは是非覚えておいて欲しい。原作はどうか?

初めて言葉を交わしたあの日から、彼女は我が魂を鷲掴みにし (中略) かつて「左京区と上京区を合わせてもならぶものなき硬派」という勇名を馳せた私が、今や彼女の眼中に入ろうと七転八倒している。(p.155)

完全に蛇足だが文脈上「かつて」というのは彼女と会う前という意味だ。原作での設定は確定的に明らかだろう。

ここまで延々原作では主人公はスイーツが妄想するようなシャイ男ではないと書いてきたけれど

そもそも文庫版のオビが「キュートな乙女と一途な先輩に幸せあれ!」*1という勘違いっぷりである。乙女がキュートなのは疑う余地はないが、先輩は現代的な視点で見ればただのストーカーであって一途とは言わない。先輩の心情描写はストーカーで捕まる人と何ら変わらないではないか。(乙女のような女がリアルにいたら相当な腹黒だが、二次元の中での純度の高さがあれば「すごくいい子」で済まされるだろう。)
まあ、文芸作品の場合モノを読んで何を感じどう解釈するのかなどその人の自由だし、シャイな先輩の純愛物語という売り方をせず、原作者の言うところの男汁溢れる小説だなどと言っていたら夜は短し歩けよ乙女はここまでヒットしなかっただろう。そもそも漫画の後書きに寄せた文章で原作者自身が言っているが夜は短し歩けよ乙女は「己の中のかわいいものを結集し、目論見通り信じられないくらい多くの乙女をたぶらかすことに成功した」作品だ*2。そこに鬱屈した内向的精神を見いだす方がむしろ邪道なのかもしれない。しかし、世間一般から見たら邪道だとしてもこの読み方が自分にとっては正しいのだ。
敢えて言おう、『夜は短し歩けよ乙女』の主人公が純情シャイ男だなどと言うスイーツ共は高血圧で耳血を出して死ぬべし。

以下このエントリの本筋に関係にないことを雑多に

漫画の主人公の解釈が原作ではあり得ない状態になっていることを延々語ってみたが、漫画の出来はすごくいい。素晴らしい。漫画の原作の主人公を同一人物だなどと思わなければ読むにあたって全く支障はない。何がいいのかと言うと乙女がかわいい。乙女が漫画のキャラデザではえらい童顔になっとる。表情も乙女のキャラ通り。童顔で幼さ故の無神経とか残酷さのない幼さを持っている適度な若さの女の子ってそれなんてエロゲ状態。別にお嬢キャラでもない年下キャラなのに徹頭徹尾丁寧語というのは現代秋葉原で意外と盲点になっているのではなかろうか。属性的な意味での直積は(年下)×(童顔)×(丁寧語)なのだから探せばいそうなもんだけど。自分のエロゲ経験が少ないだけだろうか。絵のない原作では乙女の画像を間違った想像をするとオバハンくさくならなくもないが、漫画ではその心配は無用。漫画の方が萌えキャラとしては完璧(人によってはオタク向けきめえという感想を抱くのかもしれないが)。
原作にないオリジナルエピソードがあるが、森見登美彦テイストがすごく出ている。でも所謂漫画原作みたいなことはやってないようだ。原案くらいは出したのだろうか?
漫画的に若干の拙さはあるけど、気にはならない…かな。

  • 詭弁踊りのビジュアライゼーションが悪い意味で適当。両手を頭上に合わせて鰻でなければ詭弁踊りに非ず!これついては文庫版の後書きに寄せたウミノチカのものが正しい。というか漫画版作者はあまり詭弁踊りがツボらなかったらしい。
  • 漫画3話で主人公と乙女がデュエットをするシーンで主人公が服がヘンな服を着せられるという場面があるけど、何がヘンなのか絵で分からない。あそこは上半身裸にタイツ一丁とかでいいんだよ。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 第1集 (角川コミックス・エース 162-2)

夜は短し歩けよ乙女 第1集 (角川コミックス・エース 162-2)

*1:オビを紛失したのでうろ覚えだが、大体こんな感じで間違いないはず

*2:追記:Amazonでは漫画版へのレビューに原作森見ワールド最高!漫画はダメ。という理由も書かずに☆2つとかいう典型的糞密林レビューが載っていたが、森見ワールド最高などと思う人が多いなら夜は短し歩けよ乙女のような日和った作品より太陽の塔の方が売れてしかるべきである。夜は短し歩けよ乙女購入者の多数派は男汁臭さはシャイな草食系男子とかそういう変換をして読んでいるとでも思わなければ説明がつかない。